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学校スタッフリレーエッセイ「わたぼうし」

20176月】「福祉マインド

岩見彩子

「おい、くえや。こいつ全然聞いてねえし。」

車いすに坐した利用者の口元にスプーンを差し出しながら彼女はそう言った。傍にいた別の女性もその言葉を聞いて笑った。私に背を向けていた彼女がさらに暴言を口にしたところで、一緒に笑っていた女性が後ろで唖然としている私に気がつき、「ちょっと・・!」と彼女の言葉を制した。私と彼女らの間に不穏な空気が流れたので、私はすぐさまその場を立ち去った。

これは7、8年前に、とある介護福祉施設で私が体験した出来事である。もちろん本校の実習施設などではなく、本校の職員になる以前に個人的に訪問した施設での出来事であった。その頃の私は、メディアに取り上げられる利用者虐待などの事件はテレビの中に過ぎないと思っていたし、特別養護老人ホームに入所していた祖母を見舞う時に接した職員さんも実際に良い方ばかりだった。しかし、“虐待”とはいわずとも、人の尊厳を無視した言動をする介護従事者が実際身近にいた事に大きなショックを受けた。自分の祖母も普段はこんな日常を送っているのではないだろうかと不安になった。仮に99.9%の介護福祉施設が優良であったとしても、こんな場面に遭遇するとそんな疑念も湧いてしまう。それは、介護事業所での事件や不祥事をメディアを通して目にする世間の声も同様であろう。

そういった人の尊厳を無視した出来事はなぜ起こるのだろうか。あの女性も家族であればもっと丁寧な介護をするのだろうか。彼女がどんな立場で利用者への食事介助をしていたのかは定かではないが、プロではないし、向いていないと思う。

では、どんな人が介護に向いているのだろうか。“優しいひと”“お世話好きのひと”“人に尽くせるひと”というイメージがすぐに頭に浮かぶし、もちろん大事な資質だとも思う。また、医学的な知識や介護技術も必須であろう。しかし、本校の教員がよく口にするワードに、「人を人として当たり前に大切にする」というのが、これは福祉に携わる人間として最も欠けてはならない精神だと思う。だからこそ「人を大切にするには自分が大切にされる存在である事を実感するべきだ」との想いを持ち、学生指導にあたる教員の姿に、感動すら覚えることがある。また、地域交流を盛んに行なっているため、学生は地域の皆さんからも大切にされているのだ。そのことに気がつくのは“今”では無いかもしれないが、この福祉マインドを培って卒業し、どんな状況の利用者さんに対しても、人を人として当たり前に大切にできる、信頼される介護福祉士になって欲しいと切に願う。

余談だが、私の友人の話である。彼女の子どもは生まれつき重度の障がいを持ち、食べる事も話す事も歩く事も意思の疎通さえ生まれて一度もできたことがないまま中学生になる歳を迎えた。いつものように施設での入浴に同席しようとした際に職員から、「お母さん、できれば今後の入浴には立合わないでください。A君はもうお年頃だし、お母さんに見られるのは恥ずかしいかもしれませんよ。」と言われ、施設でも同性介助が行われた。「私は母親なのに、恥ずかしいとかあるのかしら。それに実際この子にそんな意思はあるのかしら。」と、複雑な気持ちだったそうだ。その後彼女は再婚して間もなく子どもができた。すると妊娠中A君の頭には10円ハゲができたという。母親の自分への関心が薄れる事を不安に思ったのか、答えは分からないが、彼が大きなストレスを抱えた事には違いなかった。彼女は改めて息子にとって自分がどのような存在であるのか、そして彼の内面は成長している事に気がついたという。私はその話をきいて、「介護に携わるって本当に人の人生に関わっているんだな」と実感した。


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