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学校スタッフリレーエッセイ「わたぼうし」

20171月】「自由と不自由

小田 剛

エッセイを書く順番が回ってきた。自由な形式で意見や感想などを述べる散文という意味だそうだが、自由になんでも述べることが憚られる世の中で、自分の感じたことを語るというのは非常に勇気がいることだ。

何かを言えば、「○○への配慮が足りない」、「△△を軽視している、差別している」と言われる。なんとも不自由な世の中だ。何かをアウトプットする側は自由にしてはいけないが、そのアウトプットをよくないものだと否定する側は自由な形で否定をしていいという風潮があるように感じる。自由な考え同士がぶつかり合い、自由な議論を展開するのは大歓迎だ。しかし、弱者の味方を演じ、圧力をかけて自由を制限するということは決してあってはならない。こんなものはテロリズムと全く同じだ。それこそ自分以外の者への配慮が足りていないし、軽視し、差別しているのだ。何者であろうと、自らの自由を守ることは許されても、他人の自由を奪うことは許されない。


あるマンションでは挨拶を禁止するというルールができたそうだ。知らない人に挨拶されたら逃げるように子どもに言っているという親と、挨拶が返ってこなくて不快だったという住人の両者の賛同によって決まったらしい。今の若者はコミュニケーション能力が低い、コミュニケーションをとらないと言われ、否定的な目でみられている。本当にインターネットの発達が原因だろうか。私にはやることなすこと全て悪いこととして扱い、おかしなルールを作られ、行動が制限される不自由な社会が原因であると感じる。しかし、こんな意見すら自由に発言できないのが今の社会だろう。


話は全く変わるが、先日、外部講師を招いての授業があった。身体を思うように動かすことができなくなる病気を患っているそうだ。その方は絵を描く仕事をしている。病気にならなければ絵を描く道を選ぶことはなかっただろう、だから病気に感謝している、と言っていた。身体は不自由かもしれないが、自由な生き方だと思う。


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