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学校スタッフリレーエッセイ「わたぼうし」

20145月】「母の言葉

伊藤順子

私が大人になって結婚するまでの間に、母が時折私に言っていた言葉がある。それは「角を拝む」という言葉である。「角を拝む」という言葉は、青山俊董という方の本に書かれており、母はその本を大切にしている。私が落ち込んだり、つらい事があったりした時、母は、「この本を読みなさい」と幾度か言ってくれたことを思いだす。青山俊董さんは、昭和八年生まれ。5歳の時にお寺に入門。その後修行、マザーテレサのもとで救済活動を体験したこともある方だ。
 「角を拝む」という言葉を紹介しよう。私たちは、人とぶつかると相手を非難する。片方が水で、片方が氷ならぶつかることはない。両方氷だからぶつかるのだとうことである。「自分の角に気づかせていただきありがたかった」と相手の角を拝むことができたらすばらしいということである。難しい言葉はわからないが、氷と水、角という表現はわかりやすい。日々の生活の中で、相手を非難したくなることはある。自分がイライラしているときに、ふとこの母が教えてくれた言葉を思い出す。
 人と人がぶつかることは大切である。ぶつかることもなければ、角のあることに気づかないまま過ごしてしまう。人間は、人と人との関係の中で成長していく存在であると思う。このことを考えると、現在の核家族化や少子化で一人っ子などは、やはり深刻な問題なのであろう。
 また、母はよく「感謝しなさい」と言っていた。「角を拝む」と言う言葉と通じるものがある。謙虚に生きていきたいと考えさせられる。母は「衣食住、これが満たされるだけで感謝しなさい。」と言っていた。「働けることを感謝しなさい。」とも言っていた。母の思いは私なりに理解した。しかし、感謝の姿勢や角を拝む姿勢となるにはまだまだ未熟であろう。これらの言葉の真意をわかったつもりにならないように生きていくことが大切なのではないかと考えさせられる。

  母は一人で私と兄を育ててくれた。60歳代になっても夜勤をしながら働いていた。私にはわからない苦労があったと想像する。私も兄も母には苦労をかけた。その中でも母は前向きに生活していた。その母からの言葉は、大切にしなければと思う。

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